インド人にとってのヨーガ

昨今のヨガブームのお陰で、多種多様なヨガスタイルやヨガクラスが巷には溢れています。

でもヨガは知っているけど、ヨガの歴史やヨガがインドで発祥したものだということを、

ご存知でない方もいらっしゃるようで、質問を受けることが時々あります。最近日本では

ホットヨガという言葉をCMでよく耳にするようになり、ホットヨガは今日本で一番人気と

認知度のあるヨガになりつつあるのかもしれないですが、このホットヨガは完全なる現代

ヨーガの一つで、欧米ではビクラムヨガと呼ばれており、室温・湿度40度以上の室内で

古典のハタヨガのアーサナ(ポーズ)を取り入れて行う、90年代にアメリカで発祥した

モダンヨーガです。この他にも欧米で人気の高いアシュタンガヨガは、ポーズを一切止める

ことなく流れるように行うシークエンスにフォーカスした、運動量の多いエネルギッシュな

ヨガとして知られていますが、このアシュタンガヨガは近代ヨーガの父と呼ばれている、

クリシュナマチャリア師が基盤を作り、その弟子であるパタビジョイス師が1950年代に

現代社会に合わせてアレンジを加え、インドのマイソール地方から広まっていったもので、

アシュタンガヨガも現代ヨーガの一つです。そして最近日本でも耳にするようになった、

ヴィンヤサヨガ、パワーヨガなどは、このアシュタンガヨガに創造性を加えアレンジして

派生したヨガで、90年代にアメリカで考案されました。これらも古典ハタヨガのアーサナを

呼吸に合わせて流れるように行い、シークエンスを重要視しており、ダイナミックな動きと

運動量の多いこれらのヨガは欧米での人気が高く、ワークアウトの一環として行われている

ヨガのように思います。


こうやって話をしていると、今一般的に認知されていたり世界で流行っているヨガは、

欧米で派生してアレンジされていったものが多く、インドで発祥した古典ヨーガからは

かけ離れたものも多くあり、インドのリシケシで出会ったグルジ達が、呼吸法や瞑想などを

すっ飛ばして、クラスの最初にマントラを唱和することもなく始まるような、フィジカル

プラクティスだけのヨーガは、もはやヨーガではなくエアロビクスなどと同じでただの

スポーツだと痛言していたのを思い出します。それはインドではヨガとはただのストレッチ

や体を動かすフィジカルエクササイズではないからで、ヨガの起源やインドの人たちにとって

ヨガというものが生活の一部であることを知ったら納得できることなのですが。

では、そもそもヨガの起源とはいつかと言うと、ヨガの起源は今から約5000年前の

インダス文明の頃まで遡ると言われており、インダス文明の遺跡 ”モヘンジョ・ダロ" から、

座法や瞑想する人の描かれた陶器などの出土品が見つかっており、このことより当時から

ヨガの元となる何らかの修行のようなものがあったとされています。そして今から

約3000年ほど前に成立された ”ウパニシャッド聖典”(奥義書)が、ヨーガという言葉が

記されている最古の文献になり、ヨーガというものが認知されたのはこの時期からだと

考えられています。


そして紀元後5世紀頃、インドの哲学者パタンジャリ師によってヨーガが体系的に

まとめられた根本経典 ”ヨーガ・スートラ” が編纂されました。様々なヨガの流派の源流と

なるこのヨーガ・スートラに記されているのが、ヨガ哲学の基本教典として受け継がれる

”ヨーガの八支則”で、簡略して説明すると、八支則は以下の八つになります。

①ヤマ(禁戒 他者に対し守るべき5つの心得)

②ニヤマ(勧戒 自分に対し守るべき5つの心得)

③アーサナ(坐法)

④プラナヤーマ(調気・呼吸法)

⑤プラティヤハーラ(感覚の制御、制感)

⑥ダーラナ(精神集中)

⑦ディヤーナ(瞑想)

⑧サマーディ(三昧・悟り)

これらの八支則はパタンジャリが、どのようにヨーガを実践していけばよいのかを8つの

行法・段階として体系化したもので、古典ヨーガの修行やヨガ哲学の基本的な教えに

なります。そしてヨーガ・スートラに記されたヨガを進化させ、身体を鍛錬する動的なヨガが

生まれたのが13世紀頃で、これがハタヨガです。ハタヨガ(HaThaYoga)とは

サンスクリットで直訳すると、Ha=太陽と、Tha=月、Yoga=結ぶ、となり、太陽と月、

陽と陰、精神性と生命力のように、相対する2つのものを調和させバランスをとることを

目的とし、アーサナとプラナヤマやムドラなどのテクニックを組み合わせたスタイルで、

体内を巡るプラーナ(生命エネルギー)のコントロールを重視したヨガで、ゴーラクシャ・

ナータ師によって事実上開祖され、16世紀頃に体系化され世界へと広まっていくのです。

そしてその後、ヨガは様々な流派に枝分かれして発展していったと考えられ、ハタヨガは

現在世界中に広く普及している数々のヨガの元祖と言えます。


そして恐らくインドの人たちにとって最も馴染みのあるヨガとは、

Karma Yoga カルマヨガ = 行動・行為のヨガ

Bhakti Yoga バクティヨガ = 愛・献身のヨガ

Jnana Yoga ギャーナヨガ = 知恵・知識のヨガ

上記の、生活におけるヨガだと私は思う。これらのヨガは、ヨーガスートラ成立のおよそ

1000年近く前の、紀元前4世紀に成立した ”バガヴァッドギーター" に記されている

”バガヴァッドギーター"とは ”マハーバーラタ” という叙事詩の一章分の、クリシュナ神と

アルジュナの対話の部分が ”バガヴァッドギーター" になり、この聖典の中で、

上記の3つのヨガ、カルマヨガ、バクティヨガ、ギャーナヨガが、クリシュナ神に

よって説かれている。そしてこれらのヨガは過去も現在もインドの一般の人たちに最も

根付いているヨガになるのではないだろうか。カルマヨガとは行動・行為のヨガで、

奉仕活動など、日常の行為そのものを見返りを求めずに行う、自分のやることに一切の我を

入れることなくそれに専心するヨガになる。そして、バクティヨガは愛・献身のヨガで、

神への愛を表し祈念し、自分自身を全て捧げていく。それによって解脱、悟りを得るという

ヨガになる。インドの人たちにとって、神への愛や信じる心を育てることもヨガの一つだ。

そして最後はギャーナヨガ、知恵・知識のヨガで、真の知識を追求していく哲学的ヨガ

だ。自身の思考と認識力を研ぎ澄まし、世の中にあるあらゆるものを、真なるもの、

真ならざるものに分けていき、真の知性や知識を得るためのヨガとなる。


インドで生活していて気付いたことは、インドの人たちは何があろうと1日に朝晩2回、

日が昇る前と落ちた後にプージャ(神への礼拝)を行う。そしてあらゆるシーンでマントラ

を唱え、小さい頃から経典等もよく読み、哲学が身近にある。裕福な家庭の子供たちでも

アシュラム(僧院)で修行僧として、掃除洗濯炊事などをボランティアでしていたりするし、

インドのアシュラムは基本的にはドネーションで運営されている所がほとんどだ。

そして多くのインドの人たちは、自分のことよりまず家族のことを考えて支えあい、

家族単位で生活している。核家族化が進み、信仰心が薄い日本人からすると驚くことばかり

だったのだけど、インドでヨガを勉強していくにあたって、インド人はほぼ全員が毎日生活

の中で上記のヨーガをしている、というよりはヨーガが生活なのだと私は気付いていった。


以前ロンドンに住んでいた時に、BeerYoga(お酒を飲みながらするヨガ)や

NudeYoga(素っ裸でやるヨガ)などの、訳のわからない様々なヨガクラスを見つけては

驚いたものだけど、私が初めてヨガの存在を知った十数年前より明らかにヨガの種類は

増えて多様化し、ヨガ教室も増えている。そう考えるとヨガ人口が増え、ヨガの人気が継続

していることは嬉しい。人それぞれに合ったスタイルのヨガがあり、そしてそのヨガに

よって誰かが幸福を感じれるなら、BeerYogaだってNudeYogaだって構わないだろう。

全てのヨガ練習者が、サマーディ(悟り)を目標にしている訳ではないのは当たり前だし、

みんながそれぞれ自分のヨガスタイルでヨガを長く楽しんでいくことが一番だ。そして

そういったみんなのヨガライフの中で、もしいつか興味を持つタイミングがあったなら、

ヨガの歴史やヨガ哲学について少しでも触れていただけたら、インドのヨギやグルジたちに

とって、そしてインドの一般の人たちにとっても、とても嬉しいことではないだろうか。


Ashoka